別の世界の衣

別の世界の衣

二月に実家に数日帰った。もちろんやることがないので、近所の公園のベンチに座ったり、駅前を散歩したりする。昔の居酒屋がなくなり、マンションが駐車場になる。雪が街の隅で溶けている。毎年、山梨には一度だけ雪が降り、それが溶けると春になる。空気の匂いが変わり、菜の花が武田通りを埋め尽くす。

甲府駅のヨドバシカメラを物色していたら、小学校のときの知り合いに声をかけられた。彼女は小林という名前だった。結婚して近所に住んでいるのだと言った。彼女からしてみると、私はあまり変わっていないらしかった。確かに私は変わっていないような気がした。明日、中学校に行くことになっても大丈夫だと私は言った。数学のワークを忘れているから杉山先生に怒られると思うけど。

私の曖昧な冗談が原因かは分からないが、小林は昔のことを思い出して、いくつか私に話を聞かせた。会話は過去にしか繋ぎとめておけないのだが、『別の世界の衣』というエピソードとして私は覚えておくことにした。こういう話だ。

日記を書く日々に戻る

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すっかり書かない日々が続いていた。理由は単純でやる気を失っていたからだ。 何回も落ちるとやる気を失う。当たり前のことだ。

熱海のホテルの屋上から空に歩を進め燐光を放つ全裸中年男性(『君たちはどう生きるか』レビュー)

(2023/07/30 第一稿)

 上大岡のTOHOシネマズで『君たちはどう生きるか』を見た。それから戸塚に帰った。私は戸塚に住んでいる。全裸中年男性の町だ。駅を降りてから、自分が財布を忘れたことを思い出した。コインパーキングの前で私は立っていた。ポケットを探した。リュックの中を探した。蝉が近くの木で鳴いていた。自動販売機の下を探した。

 銀行口座の預金もマイクロソフトの株も何にもならないことを悟った。恋人の死の前にたたずんで、彼女と遊んだトランプの束が、埃をかぶって窓際に置かれて夜に包まれてこのままカラスたちの慰みものになるトランプの札たちが(何枚かの札が抜けてしまっていて、はるか昔に使い物にならなくなっていたそのトランプが)もう使い物にならないのだと知った19世紀のロシアの侯爵のように。

未経験の惑星

クンデラが死んだ。私は小説と作者に区別をつけるし、原則として一度書かれた小説は書き直されることがないのだから、クンデラが死んだところで私の本棚が変わることはない。ただ、また一匹の熊が舞台を去り、そのことを残念に思う。

前提として愛は偶然

いかがお過ごしだろうか。ツイカスが慌てふためているらしい。ミシェル・ウエルベックの新作『滅ぼす』が出るとも聞く。以上の二点から、私はうれしくなっている。

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