無神論についていくつか

非日記

時事について触れるつもりはあまりない。

むしろ、私はオリンピックのことについて考えてしまう。東京に選手村ができる。段ボール製のベッドが立ち並ぶ。ホームレスが何人か屠殺される。国外から観光客がやってきて、我々の顔を撮る。インターネットに拡散する。人々は誰と話すときもスマートフォンの録画機能をオンにしている。『はてなアノニマスダイヤリー』とかTwitterとかには外国人嫌悪の投稿がぶちまけられる。ものめずらしい性交の話題とそれに付随する精液も。

埋め立て地の近くの海でアスリートが泳がされ、そして札幌まで出かけていって走らされる。トラックでは誰かが100メートルを9秒で走り、その近くの環状線では、けだるげな顔の中年がすさまじい速度で動いていく。自動車に乗って。所狭しと何かの競技が行われる。アスファルトはかつてない温度になり、夜ですら誰も動けなくなる。救急車が毎晩、新宿を疾走するが、それはアパートで熱中症にかかった嬰児を助けるためではなく、違法薬物をキメすぎたジャンキーを助けるためなのだ。

オリンピック――特に代理戦争と化したそれ――に私はほとんど興味を持てない。それはなんだか馬鹿げた行いのように思われたし、今でもそう思われる。オリンピックがもたらすはずだった『大きな物語』とやらは、実際のところ全く別のものに取って代えられた。

バンダイナムコエンターテインメントさんそろそろ『生っすか!?サンデー』やってください

タイトルについて

アニマスしか見たことないですけど。

中学2年生のときに同級生が外洋へ航海した話


人間の中には、淡々と進んでいく日常と、全くの混沌に陥りかけている現在の世界情勢とのギャップを埋めるために、それを肯定する言説に魅力を感じてしまうものがいる。このデータ構造がいいねと言ったから7月10日はスキップリスト記念日といった具合にだ。小さいが確かな幸福。日常の何気ない幸せ……この手の 俵万智的 ( タワラメイティック ) な現状肯定は、麻酔が怪我を治癒しないのと同様に、物事を良くすることはまったくない。本当に全くない。

以下は、それとは全く関係の無い話だ。小学校のときに私と一緒に本棚を破壊したやつの話だ。『外洋への航海』とでも名付けておこう。


書評たち

日記

アルビノの少女が効き目のない呪いのために豚のように屠殺され、その髪の毛のような すじ雲 ( シーラス ) が、地球の十キロ上空から我々の街に夜を引きずってきた。そのときにお前の寝室の窓ガラスに石がぶつけられる。お前は目覚めて、窓ガラスのむこうにクラスメイトのだれそれの姿を認める。そいつはお前を連れ出しに来ていて、お前は連れ出される。七夕の前の日、七月六日のことだ。

コミットからの逃亡

日記に続くもの

今週は製本化されたもの、パッケージ化されたものをよく消費した一週間だった。

非常に長い記事になるので、以下を参考に、好きな部分までたどるとよい。

  1. BABELZINE書評
  2. 『アド・バード』書評
  3. ジョルジュ・アガンベン関連書籍書評
  4. 『正解するカド』評
Page 1 of 13 | Next »