高村光太郎によせて

高村光太郎といえば、第二次世界大戦中にやれ戦争にいけやれ東亜をかえせ東亜をかえせと若者をどやしつけて、そのくせ自分は白い米を食っていたようなやつであるとして、極めて有名である。エンヤエンヤ兵隊サンススメススメ。老若男女みな兵なり。醜の御楯と出で立つ我は。失われたのは殺すために殺されたアジアの命たちだ。戦後は何を思ったかクソ寒いあばら屋でみそぎをするとかほざきまわり、寒い寒い言いながら生活していたわけだが、もちろん、国に息子を奪われた女から頓殺されないための自衛策だったことは明白だ。レモンだ? 貴様この野郎。

根暗のクソ野郎が髪の青いパンク女にバカほどハマるこれだけの理由

八歳の娘で自慰行為をするようなやつはチャーチズのメイベリーでも抜く。彼女の政治的スタンスなど関係なしにだ。我々はそういう時代に生きている。

情報化社会は人々にほかの人々の存在を知らしめた。あなたがもし、人がまるごとで評価されるようになると思っているなら、それは間違いだ。人は自分の見たい側面を残して、後は徹底的に白塗りする。他人の人間性だけが剥落していく。内側から見た我々のエゴは肥大し続ける。

チェスター・ベニントンは百万人を自殺から救ったが、その百万人はチェスターを自殺から遠ざけておけなかった。ヨーロピアンの女で性的欲求を解消したい人間にとっては、エマ・ワトソンも胸囲に物足りないところのある女に過ぎない。

これは厳しい現実だが、受け入れざるを得ないものでもある。

水科葵がかわいい

日記

コロナの日々は続く。ヨーロッパは経済との比較考量をした結果、緩和政策に舵を切った。アメリカもそうなるだろう。アフリカ諸国と南アメリカ諸国は単に無視するか、うまく乗り切るだろう。そして今年の10月くらいになれば、人々はまたスターバックスに集まり、クラブで空気の濃い方から薄い方へ、薄い方から濃い方へと揺れ動くだろう。

人の動きというのはとどめられないものだ。

コロナ時代の日記

日記

コロナの日々は続く。私はこのブログとは別に、三月から日記を書き続けているが、これは私の精神状態についてかなりの事を教えてくれる。具体的には、私はかなり追い詰められている。というのも、現在、本邦の言論環境は極めて苦しい状態におかれていると私は思うからだ。

最強のふたり

日記

『最強のふたり』というフランス映画がある。その映画の存在を大雑把にしかしらない友人たちと、この映画のアメリカ版タイトルを当てるという遊びに興じたことがある。

私が提案したのが"Two"、"The unlikes"、そして"The usuals"であり、まあ比較的当たり障りのない選択だったと思う。友人が指摘したのが、この映画は要するに白人が黒人のために作ってやってる映画であり、要するに、欧米はいまだに 植民時代 ( コロニアル・ピリオッド ) の負債を返済中で、それにも関わらずまだ人種的優位の概念をこっそり隠し持っていたということだ。

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